
近年の日本の労働市場は興味深い動向を示しています。失業率の改善とともに就業率も変化しつつあり、近い将来に人手不足に陥ることが予測されています。
加えて新しく選出された東京都知事、小池百合子氏は同一労働同一賃金を国に強く訴えており、労働力における女性の役割の変化が企業の採用と従業員のつなぎとめに影響を与えるでしょう。市場の流動性は低いままであり、企業が適切な人材を適切な職務に配置する能力に影響を与えています。
2016年開催のロバート・ハーフ・ジャパン・リーダーシップ・フォーラム(年度開催制)では、こうした独特の課題と、企業が取るべき対策に理解を深めるため、モルガン・スタンレーMUFG証券株式会社のチーフエコノミスト、ロバート・アラン・フェルドマン氏にお話を伺いました。フェルドマン氏は日本国内および海外の経済界において業界の将来を先導する優れたリーダー、いわゆるソートリーダーとして一目置かれる存在です。モルガン・スタンレーの世界経済学チームの一員として日本の経済、金融市場および政策立案の予測を立てる責任を担っています。
日本の労働市場には長期間を経て英EU離脱の影響が実感される見通し
イギリスがEUからの離脱を決め、その具体的な離脱方法を検討し始めたことを受け、世界中がなんとかその影響を理解しようと見守っています。しかしフェルドマン氏はブレクジットが日本に与える影響は比較的小さいだろうと見ています。
「ブレクジットの直接的な影響は大変小さいと考えています。EU向けの日本の輸出は全体の約15%であり、比較的小さい値です。そのためブレクジットの影響がヨーロッパにおいて総体的に吉と出るか凶と出るかと言う点では、日本にも何らかの影響はあるものの、それ自体はさほど大きくはないでしょう。」とフェルドマン氏は言います。
しかしながら、ひとつの重要な影響として、より長期的に見た場合はブレクジットが日本における人の出入りを変化させると予想されます。これまではスキルの高いヨーロッパの移民が職を求めてイギリスに向かっていましたが、そうした人びとが別の国に目を向け始めるでしょう。優れたスキルを持つ海外の人材にとって日本はキャリアを伸ばす魅力的な選択肢になるはずです。「日本の入国管理法の緩和を受けて、特にスキルの高いプロフェッショナルに関しては、移民の流入という面で大変興味深い影響が予想されます。」とフェルドマン氏はコメントしています。
2017年の日本に最も大きな影響を与えるもの
フェルドマン氏は、日本の労働市場に影響を与える来年の主な動向として、「女性参画」、「同一労働同一賃金」、「適材適所」の3つが大きく関わるだろうと見ています。
国内の人手不足で、女性の労働参画率の上昇に期待が高まる
1970年に50%だった25~29歳の女性の労働参画率は現在80%にまで増加しました。事実、15~19歳を除くすべての年齢層において参画率には急速な伸びが見られます。「労働力に見る女性の参画率は、過去15年で飛躍的に伸びました。例外なくすべての年齢層で同様に、非常に大きく変わっています。」とフェルドマン氏は言います。女性の労働参画率が上がり、高い水準が維持されることに伴って、人手不足の状況も同様の推移を見せます。
フェルドマン氏はさらに「国内でさらなる労働力を確保することは極めて難しくなると予想されます。」と指摘します。日本では争奪戦の対象となる人材の絶対数が限られてきており、企業は高いスキルを持つ専門職者の確保およびそのつなぎとめに代わりとなる対策を求められそうです。
同一労働同一賃金
新都知事となった小池百合子氏は、日本ではガラスの天井ならぬ「鉄」の天井があると米CNNのインタビューに答え、「(ガラスの天井よりも)もっと固く差別的であり、打ち破ることは本当に難しいものです。」と述べました。
各国の男女平等に関して世界銀行が付けた順位では、日本は145か国中101位でした。日本国内で働く女性の数が増えるにつれ、男女平等をとおして適材を確保したいと願う企業にとっては、同一労働同一賃金が今後さらに注目して取り組むべき分野となるでしょう。
フェルドマン氏は、今後、深く取り組むべき分野は男女平等だけにとどまらないと指摘します。「大企業と中小企業の差にも取り組む必要があります。大企業における平均的な人件費(給与)は1年につき約710万円ですが、中企業では420万円です。大きな会社と小さな会社で(従業員の)生産性にこれだけの差があるとは到底思えません。」企業は、規模の大小に関わらず、すべてのライバル企業に対して競争力を維持するための人員配置費用の予算配分を見直すことおよび、優秀な人材を引きつけ、彼らをつなぎとめるための給与方針の見直しに検討を迫られそうです。
適材適所の実現
フェルドマン氏は、「日本の労働市場は、本来はもっと流動的であるべきですが、特に大企業において終身雇用制を理由にそれが妨げられています。」と語ります。日本の年功序列型の賃金制度は、若い労働者に卒業後すぐ企業に就職し、年を経るごとに給料が上がっていくことでそのまま定年まで同じ企業に勤めることを奨励する仕組みができあがっています。日本以外の国際的な市場では経験とスキルによって働く人の価値が決まるのに対し、日本ではそれがひとつの企業における勤続年数で測られます。
こうした状況を受け、同氏は次のように話します。「終身雇用を悪と見なす人は以前よりたくさんいます。何か別の機会が浮上したり、今いる業界に実は興味がないことがわかったりすれば、終身雇用制のもとでは、従業員がその職に束縛されることになります。終身雇用というものに疑念を抱く労働者は次第に増えています。」年功序列に対するこうした見解が急速に進化するか徐々に進化していくのかはまだわかりませんが、流動性の低い状態が続くかぎり、適切な人材を適切な仕事に配置することは日本にとって今後も難しいでしょう。
企業が競争力を保つには、市場の変化にどう適応すべきか
フェルドマン氏は、こうした動向に適応するため、1.高いスキルを持つ人材に競争力のある給与を払うこと、2.自動化を進めること、3.外国人労働力を活用すること、という3つの方法を推奨します。
優れた人材には高い給与を支払う
フェルドマン氏は、非常に高いスキルを持つ人材を企業に引きつけ、その職にとどまらせるためには競争力のある給与や従業員特典を提供する準備を整える必要があるといいます。「人材不足の状況下では、競争率の高い給与を支払わずして高いスキルを持つ優秀な働き手をつなぎとめることはできません。」さらに同氏は、女性に対して平等な賃金を支払うことも欠かせないことを併せて指摘します。「男女を平等に扱うことが、企業にはこうした状況を有効に活用し、より優れた人材を採用できる機会になるでしょう。」
自動化を受け入れる
「現在の労働市場の動向で興味深い点は、産業界において以前はまったく不可能であった、資本による労働代替が可能になったことです。」とフェルドマン氏は言います。労働集約型のタスクを削減・排除し、全セクターをつうじてプロセスの効率化と効果の向上を可能にする自動化が次第に実行できるようになっています。
有利な状況や競争力を維持するには、企業のプロセスを見直し、自動化の方法を特定する必要があります。その後、スキルの高いITの専門家と協力して戦略を練り、改善を実行します。
外国人の労働力を活用する
フェルドマン氏は、移民政策が徐々に変化し、ブレクジットによる移民への影響が出始めるに従って、企業は高いスキルを持つ人材の調達に対して代替策を模索すべきだと考えます。外国人労働者の雇用も検討すべき策のひとつです。日本国外の従業員は、目標到達を助ける新しい経験や仕事の進め方、そして新しい視点を企業にもたらしてくれます。
「外国人労働者を最大限に活用することができれば、日本の状況が改善するでしょう。」と同氏は話します。
日本の市場が変化・推移していくにつれ、企業は高いスキルを持つ従業員の採用とつなぎとめに積極的な姿勢で取り組むことが重要となります。人材不足が長引く市場において人材確保がますます厳しさを増すなかで、優秀な人材を引きつけるには、男女平等の魅力的な給与を提示すこと、国境を越えて高いスキルを持つ働き手を引きつけること、適切な人材を注意深く選ぶこと、彼らを適切な職務に配置して社内につなぎとめることによる、競争力と柔軟性のある取り組みが必要です。